「霊視なんて嘘」「霊視はそれらしいことを適当に言っているだけ」
SNSで、そういう声を見かけることがあります。霊視が当たらないのは嘘をついているからなのか、気になって調べている方もいると思います。
先にお伝えすると、私は、外れることと適当に言うことは別のものだと考えています。
この記事では、霊視を見る側として、その違いを私がどう捉えているのかを書きます。想像するときと霊視するときで、自分の中のどこを使っている感覚があるのか、という話も含めて書いていきます。
本物か偽物かの論争には、正直うんざりしています
霊視について、本物か本物じゃないかという論争がよく起きます。正直なところ、うるさいなと思っています。
その人の中で視えたこと、感じたことは、その人にとっての事実です。そこに別の人が、あれは変なものと繋がっているだけだ、私には分かっている、と上から評していることがあります。
他の人に視えたものを、外から本物か偽物かと判定することに、私はあまり意味を感じていません。
その鑑定によって、目の前の方が救われ、前に進むことができたのなら、私はそこにも鑑定師としての価値があると思っています。
本物かどうかを聞かれたとき、私が何と答えているのかは、「本当に視えているんですか」と聞かれたとき|私が正直に答えていることに書きました。
それより厄介なのは、当たる・当たらないの論争です
私がそれよりも厄介だと思っているのは、当たる・当たらないの論争のほうです。
当たらなかったからといって、偽物だとは決められません。けれど否定的な人は、当たらなかったら適当に言っているだけだと言って、悪者に仕立て上げます。
霊視をしたことを証明するのは難しいので、そう言われてしまうのは仕方ないところもあります。それでもSNSで、特定の人をターゲットにして、そういう批判が上がるのを見るたびに、気の毒だなと思っています。
外れることと、適当に言うことは別のものです
私自身、見る側です。だから分かるのですが、適当に言うことと、霊視したものを言うことは、まったく違います。
当たっていても外れていても、適当に言ったのではなく、霊視をしたという事実は変わりません。外れたかどうかは結果の話で、霊視をしたかどうかは、その手前の話です。
一方で、自分で自覚していて適当にやっている人は、問題だと思っています。妄想で言いたいことを言っているのなら、批判されても仕方ありません。
私が霊視をサービスにしているのは、検証してきたからです。私が知るはずのない情報をお伝えして、それが合っていたという結果を、お客様から受け取ってきました。その積み重ねがあるから、仕事にしています。
想像するときと霊視するときでは、使っている場所が違います
霊視と想像はどう違うのか。私の中では、使っている場所が違うという体感があります。
重いものを持ったときのことを想像してみてください。普段は、どこの筋肉を使っているかを意識することはないと思います。けれど、どこを使っているかと聞かれたら、なんとなく使っている筋肉が分かるはずです。
その見方で自分の中を見ると、普通に想像するときと、霊視をしているときとで、使っている場所が違うのが分かります。
私の場合、想像するときは、頭の上のほう、頭頂部を使っているような感じがあります。霊視をしているときは、こめかみのあたりから額にかけての、前の部分です。そして、視えたものが入ってくるのは中心、という感覚があります。
これは私の体感でしかありません。
脳の働きを目で見て確かめられるわけではないので、医学的には見当違いなことを言っているのかもしれません。前の記事で、視えたものが私の頭が作ったものではないと証明する手立てはない、と書きました。それは今も変わりません。
ただ、証明はできなくても、自分の中で想像と霊視の区別はついています。だから、今のは霊視したものだと、自分では分かった上でお伝えしています。
その場では外れたように見えても、後から合っていたと分かることがあります
違うと言われたことが、後から合っていたと分かる。これはよくあります。
多いのは、その場では、お客様ご自身がそれを認識していないという場合です。実際には合っていたのに、ご本人が気づいていなかった。後から、そういえばこうでした、と報告をいただくこともあります。友人から、それって当たっているんじゃないのと言われて気づいた、という方もいました。
当たったか外れたかは、鑑定のその場で決まるとは限りません。当たるとはそもそも何が当たっていることなのかは、占いは7〜8割です|当たるとは何が当たっているのかに書いています。
当たったかどうかより、何をしたのかで見てほしい
当たったかどうかは、受け取った方の側で決まることです。その場で決まらないこともあります。
私の側で言えるのは、適当に言ったのではなく、霊視をしてお伝えした、ということだけです。そこは、当たっても外れても動きません。
霊視をする人を見るときには、当たったか外れたかだけでなく、その人が何をして、それをどう伝えているのかを見てもらえたらと思っています。
PSYCHIC READING
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