病院で異常なしと言われたのに、不調が続いている。そういうご相談を受けることがあります。
そのとき私が最初にお伝えしているのは、霊的な話ではありません。体のことは、引き続き医療機関で診てもらってくださいということです。
この記事では、霊視鑑定師の私がなぜ医療を先に置いているのか、そのうえで霊視から何が視えるのか、そして視えたものをどこまでしか言わないようにしているのかを書きます。
病院で異常なしと言われた方に、私が最初に伝えること
不調があるなら、まず医療機関で診てもらう。これが私の基本方針です。検査で異常が出なかった後でも、この順番は変えていません。
検査で異常が出なかったことと、体に何もないことは、同じではありません。原因が特定できなかった、というだけのこともあります。時間をおいて分かることもあれば、別の診療科で見つかることもあります。だから私は、異常なしと言われたことを、霊的な影響だと考える理由にはしないようにしています。
病院に行ってから来てください、という意味ではありません。並行して構いませんし、実際には、病院で異常が出なかった後に来られる方が多いです。ただ、体のことは体の専門家が先、という立場は変えていません。
霊視で視えたことだけで、不調の原因は判断しません
理由は単純で、私は医療の専門家ではないからです。
霊的な視点から視えるものは、確かにあります。ただ、それは医学的な判断に代わるものではありません。霊視で視えたことだけを頼りに、不調の原因を決めることはできません。
鑑定で視えたことをお伝えする場合も、この前提を先にはっきり伝えるようにしています。私が伝えられるのは、私にはこう視えた、ということまでです。
鑑定師として、どこまでを引き受けてどこから先を手放すかについては、占い師として、どこに線を引くかに書きました。
その場で楽になったとおっしゃった方にも、病院を勧めた理由
実際にあったことを書きます。
病院に行ったけれど原因不明と言われた痛みを抱えて、来られた方がいらっしゃいました。
最初は、私にも何も視えませんでした。表面だけでは分からなかった。深く視ていくと、視えてくるものがありました。私はそれを霊的に処理しました。処理のあと、ご本人は驚いた様子で、楽になったとおっしゃいました。
ここで終わりにすることもできたと思います。でも私は、改めて病院に行くようにお伝えして、その日の鑑定を終えました。
その場で楽になったとおっしゃったことと、原因がなくなったことは、同じではありません。一時的なものかもしれない。私が視たものが、あの不調の原因だったのかどうかも、私には言い切れません。もし体の側に別の要因があるなら、そこで完結させることは、それを放置することになります。
楽になったと言われたときこそ、そこで終わらせてはいけない。私はそう考えています。
症状ごとに霊的な意味を当てはめない理由
では、実際に何が視えるのか。
決まった形はありません。刺すような痛みを訴える方に、槍が刺さっているように視えたことがあります。肩や背中の重さを訴える方に、大きな岩がのしかかっているように視えたこともあります。いちばん多いのはモヤで、ご本人が違和感を感じている場所に、そのまま滞りとして視えます。視え方については、霊視では何が視えているのか|槍・岩・足枷という形の話に詳しく書きました。
ただ、症状と視えるものが一対一で決まっているわけではありません。足が重いから必ずこれ、肩が重いから必ずこれ、という対応表は、私の中にはありません。
スピリチュアルの分野では、症状ごとに霊的な意味を割り当てる説明をよく見かけます。私はそれをしないようにしています。理由は2つあります。
ひとつは、実際にそうなっていないからです。私が視てきた中では、同じ症状でも視えるものは毎回違いました。決まった対応があるなら、私が視る必要はありません。
もうひとつは、危険だからです。症状に霊的な意味を先に貼りつけると、医学的な原因を見落とします。特に肩や首、胸のあたりの症状は、体の側に原因があることもあります。霊的なものだと思い込んだまま時間が経つのは、いちばん避けたいことです。
不調を「気づきのためのサイン」「魂からのサイン」と説明する考え方もあります。否定はしませんが、私はその言い方を使いません。意味があると言われると、人は受診を後回しにしやすくなるからです。不調は不調です。そこに意味を乗せるかどうかは、原因が分かってからでいいと考えています。
それでも、霊的な影響がないとは考えていません
ここまで慎重なことを書いてきましたが、霊的な影響そのものを否定しているわけではありません。
鑑定では、医学的な原因とは別に、こうしたものが影響しているように視えることがあります。場所に残っているものに同調してしまうことや、他者から向けられた念を受け取ってしまうことは、実際にあると私は考えています。念については、特定の人と会うと疲れるのはなぜか|霊視で視える念の正体に書きました。
検査をしても何も出ず、休んでも変わらない。そういう状態が続いているとき、別の角度から視てみることには意味があると思っています。ただ、それは医療を試した後の話です。
検査で何も出なかったあとに、自分でできること
医療機関で診てもらったうえで、それでも何かできることはないかという方に、私が伝えていることがあります。
窓を開けて空気を入れ替えること、柏手を打つこと、湯船に粗塩をひとつかみ入れること。どれも特別な道具は要りません。私自身が日常的に行っている、空間や自分を整えるための方法です。効果を保証するものではありませんし、毎日決まって続ける必要もありません。使い分けの基準は、浄化は毎日やらなくていい|霊視鑑定師が使う五つの方法と基準にまとめています。
もうひとつは、境界を意識することです。ここからは自分の範囲だと決めておくだけでも、受け取り方が変わることがあります。
「私にはこう視えた」の先は、言い切りません
私が言えるのは、私にはこう視えました、という範囲までです。その先に何が起きるかまでは、断定しません。
不調があるなら、まず医療機関へ。そのうえで、検査で何も出なかったとき、別の角度から現状を視てみるという選択肢があります。
霊視で視えたものをお伝えすることはできます。ただ、それを不調の原因と決めつけたり、医療に代わるものとして扱ったりはしません。
どのような選択をするかは、ご自身で決めていただきたいと考えています。
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