SNSに限らず、霊視占いや霊感占いといった、霊視や霊感で占いをする人を、強く否定する声があります。
信じないのは自由です。信じなければ、信じないでいい。ただ、それが批判に変わるのはなぜなのだろう、と思うことがあります。
この記事では、霊視が批判されることについて、私が考えていることを書きます。信じないことと否定することは何が違うのか。批判の手前に何があるのか。そして、私がそれをどこまで考えて、どこで止めているのか、という話です。
信じないことと、否定することは違います
私は、霊視を信じろと言うつもりはありません。だから、信じない方がいることには、何の疑問もありません。
信じないというのは、その方が自分の世界で選んでいることです。霊視を信じない、占いに頼らない。それはその方の世界の話なので、私が何か言うことではありません。
否定することは、少し違います。信じないところにとどまらず、自分に合わないものの領域にまで入って、正しさを主張する。私が疑問に思っているのは、こちらのほうです。
霊視への批判が、もっともなこともあります
批判の中には、私も同意するものがあります。「霊視で占い?」という違和感です。霊視は、そもそも占いではありません。
また、ご自身や身近な方が騙された、嫌な思いをした。そういう経験があって霊視を批判しているのなら、その批判は真っ当だと思います。そういう経験をした方が、霊視そのものを疑うのは自然なことです。
だから、批判をひとまとめにはしません。実際に嫌な思いをした方の批判と、そういう経験があるわけではなく、信じていないというだけで強い否定になっているものとは、分けて考えています。この記事で考えているのは、後者のほうです。
なぜ否定になるのかは、可能性として考えています
鑑定師という仕事をする以上、人の感情の動きには、機微である必要があると思っています。そのため私は普段から、人の感情の動きについて「なぜこうなるのか」を考えています。
霊視を使っているわけではなく、分析というほどのものでもありません。これは意識して行っているというよりも、思考する時の一連の流れとして、自然にそう考えてしまうものです。断定ではなく、可能性として動きを読んでいるだけですが、これがあるから、鑑定でさまざまな視点をお伝えできているとも思っています。
否定についても、同じように可能性として考えることがあります。
五行で見ると、恐れは怒りを生みます
陰陽五行で考えると、恐れから怒りが生まれるとも言えます。恐れは水に、怒りは木に対応していて、水は木を生みます。分からないものへの恐れが、怒りの形で外に出ることがあるのかもしれません。
ほかにも、正義感や、自分の正しさを確かめたいという気持ちもあると思います。単純に気に入らない、ということもあるでしょう。
ただ、五行は感情の動きを考えるための枠組みです。これで、批判している一人ひとりの心理が分かるわけではありません。そういう流れが起こりうる、という見方にとどめています。
それに、これは批判する側だけに起きることではありません。五行の流れとしては、誰にでも起きることです。
感情と五行の対応については、感情は性格の問題ではない|陰陽五行が示す心身の設計図に書いています。
その方の世界では、それが正解です
批判する方がそう思うのも、自由です。その方の世界ではそれが正解で、その方にとっての真実なのだと思います。
ただ、私の世界では、それが全てではないという意見を持っています。
だから、それぞれが自分の信じるものに真っ当に向き合えばいいと考えています。これは、霊視に興味を持っている方にとっても同じです。周りに否定されても、向き合いたいなら向き合えばいいし、合わないと感じたなら離れればいい。どちらを選ぶかは、ご自身の世界の話です。
私が尊重しているのは、信じないという選択のほうです。疑問を持っているのは、その選択を他の人にまで向けるときの振る舞いのほうです。この2つは、私の中では別のものです。
だからこそ、自分に合わないものの領域にまで入って、正しさを主張するのはなぜなのか。そこには純粋に疑問があります。争いたいというわけではなくて、ただただそこに疑問が残ります。
批判している人を、霊視で確かめることはしません
霊視ができるなら、その批判している人を視れば理由が分かるのでは、と思われるかもしれません。
ただ、それとこれは別の話です。推測は、人と関わっていれば自然に立ててしまうもので、断定ではありません。霊視は、頼まれて、その方のために行うものです。頼まれていない人のことを勝手に視るのは、マナーに反します。だから、批判している方を霊視することはしません。考えていることは、可能性のまま置いておきます。
線を引いているからこそ、疑問が残ります
もちろん、犯罪に加担するつもりはありませんし、人を恐怖で陥れるつもりもありません。人として道理に反したことをした時点で、鑑定師を名乗ることはできないと思っています。
だからこそ、霊視に関わるもの全てに向けられる敵対心には、素直に疑問を感じています。線を引いて向き合っている鑑定師も、ひとまとめに否定される。そこに、争うためではない疑問が残っています。
では、実際に霊視を受けるかどうかを考えるとき、何を見ればいいのか。私の考えは、霊視は怪しいと思う方へ|信じなくていいと私が伝える理由に書きました。
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