夜中に、家のどこかでラップ音のような音が鳴った。置いていたはずのものが、違う場所にある。
そういうことが起きると、多くの方は怖くなります。心霊現象が怖いと感じるのは、当然の反応です。分からないものに対して警戒するのは、生き物として正しい働きだと思っています。
ただ、その怖さの中身を分けてみると、二つのものが混ざっています。分からないから怖い、という部分と、怖いものとして覚えているから怖い、という部分です。
この記事では、その二つを分ける話を書きます。
起きているのは、音が鳴ったという事実だけです
ラップ音がした、という現象を、いったん言葉のとおりに受け取ってみます。
音が鳴った。それは、どこかで空気を振動させる何かがあったということです。物が動いたなら、物体が移動した。起きた事実は、それだけです。
何もかもを霊的なものとして扱う必要はありません。家鳴りもあれば、温度差で建材が動くこともある。まずそちらを疑うのは、まっとうな順序だと思っています。
そのうえで書いておくと、私は霊的な影響をないものとして扱っているわけでもありません。実際にそうとしか説明のつかないことは起きます。
ここで言いたいのは、どちらが正解かという話ではありません。起きた事実と、それをどう受け取るかは、別のものだということです。
音が鳴った、という事実には、まだ何の色もついていません。色をつけているのは、受け取る側です。
分からないから怖い。それは正しい反応です
では、なぜ色がつくのか。
まず、分からないものは怖い。これは説明の要らない話です。
暗い部屋が怖いのも、初めての場所で緊張するのも、同じ働きです。情報がないとき、人は最悪のほうを想定して身構えます。そうやって危険を避けてきたのだから、当然の機能です。
だから、心霊現象を怖がることを、弱さのように扱う必要はありません。怖がるのが自然です。
問題は、その怖さの量です。
音が一つ鳴っただけで、何日も眠れなくなる。家に帰るのが嫌になる。その反応の大きさが、起きた出来事のサイズと合っていないことがあります。
合っていないぶんは、どこから来ているのか。私は、そこに別のものが混ざっていると考えています。
心霊番組を見ていて、違和感を覚えました
以前、心霊の再現ドラマを見ていて、はっきりと不快になったことがあります。
内容が不快だったのではありません。作りのほうです。
この不快というのは嫌悪感をもったのではなく、不快な感情・状態になったということです。
暗く落とした映像。低く這うようなBGM。ためを作ってから鳴る効果音。全部、怖さを引き立てるために組まれています。演出として見れば、よくできている。
引っかかったのは、そこではありません。その演出と、現象そのものが、セットで記憶されていくということです。
ラップ音を、あの音響と一緒に何度も見る。物が動く場面を、あの映像の質感と一緒に何度も見る。すると、実際に自分の家で音が鳴ったとき、記憶のほうが先に反応します。
鳴ったのは、ただの音です。けれど、その音に貼りついてくるものがある。暗い画面、迫ってくるBGM、この後に何かが起きるという予感。何十倍にも膨らませて記憶されたイメージが、現実の出来事に重なってきます。
これは、テレビが悪いという話ではありません。番組は怖がらせるために作られているのだから、その仕事をしているだけです。
ただ、私たちの側に、そうやって出来上がった土台があるということです。必要以上に恐れる下地を作っているのは、実は自分たちのほうかもしれない。そう感じました。
腑に落ちると、動けるようになります
ここからが、この記事でいちばん書きたいところです。
怖さを消す方法の話ではありません。説明を持てるかどうかの話です。
私は、学びの場面でも同じことが起きると考えています。技法だけを覚えて、なぜそうなるのかを説明できないまま使っていると、どこかで止まります。逆に、原理が腑に落ちると、同じことをしていても進み方が変わる。そのあたりは占いが「なんとなく分かる」で止まる理由|原理と技法の違いに書きました。
何のためにやっているか分からないまま動くのと、分かって動くのとでは、結果が変わります。理解しているからです。
現象に対しても、同じことが起きます。
説明がつかないまま宙ぶらりんになっていると、恐怖だけがその場に残り続けます。動けなくしているのは、現象そのものではなく、宙ぶらりんの状態のほうです。
ここで大事なのは、その説明が正解かどうかは問われないということです。
家鳴りだったと納得しても、霊的なものが関わっていると納得しても、どちらでも構いません。実際、私は霊的な影響があると認識して腑に落ちる場面のほうが多いです。ただ、あっているかどうかよりも、自分の中で収まったかどうかのほうが、その後の落ち着きを決めています。
収まると、冷静に対応できます。何を確認すればいいか、放っておいていいのか、手を打つ必要があるのか。判断が立つようになる。
自分の説明を持つ
では、どうやってその説明を持つか。
順番があると思っています。
まず、起きたことを、起きたとおりに置きます。音が鳴った。物が動いていた。そこに解釈を足さずに、事実だけを書き出してみてください。頭の中で回していると、記憶のイメージが混ざります。
次に、物理的な理由を先に当たります。家鳴り、温度差、風、置き方。ここで説明がつくなら、それで終わりです。
それでも残るものがあったとき、はじめて別の可能性を考えます。順番を逆にすると、何もかもが霊的なものに見えてきます。
そして、そこまでやって分からないものは、分からないままで構いません。分からないことと、怖いことは、同じではありません。今は説明がつかない、という置き方ができれば、それも一つの収まり方です。
なお、繰り返し起きていて生活に支障が出ている場合は、放置しないほうがいいです。体調が続けて悪いなら医療機関が先ですし、影響を受けやすい状態そのものについては霊的な影響を受けやすい人の構造|霊視で視るバリアの薄さと圧に書いています。
怖がっていい。ただ、量は選べます
怖いと感じること自体を、変える必要はありません。
分からないものを警戒するのは正しい反応です。それを我慢して、平気なふりをする必要もない。
ただ、いま自分が感じている怖さの中に、どこかで見た映像や音が混ざっていないか。そこだけは、一度分けて見られます。分けられれば、量は変わります。
起きたことは、起きたことです。そこに何を乗せるかは、選べます。
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