心当たりがないのに、体が重い。誰かに恨まれるようなことをした覚えはない。それなのに、何かがおかしい。
そういう状態になったとき、多くの方はまず理由を探します。あのとき何かしただろうか。誰かを怒らせただろうか。
先に書いておきます。理由がないことは、あります。
私自身、生き霊を飛ばされたことも、憑かれたこともあります。そのときに思ったのは、これは理不尽だということでした。この記事では、その理不尽さの中身と、それでも打てる手について書きます。
テレビの心霊には、必ず理由があります
心霊番組や怪談を思い出してみてください。
祟りには因縁があります。土地の歴史、過去の出来事、誰かが何かをしたこと。霊が出てくるときには、成仏できない事情が用意されている。
物語としては、そのほうが分かりやすい。理由があるから、筋が通ります。
そして、そこには安心も含まれています。心当たりがなければ、自分は関係ない。そう受け取れるからです。
実際は、そうではありませんでした。
生き霊は、心当たりのないところから来ます
生き霊を飛ばされたときのことです。
言われたことは、何もありませんでした。直接何か揉めたわけでもない。それでも、届いていました。
後から考えると、思い当たる筋はあります。発信をしていれば、反感を持つ方は出てきます。抑えた言葉のコメントでも、その裏に怒りや悲しさが乗っていることがある。裏を返せば、こちらが誰かを傷つけてしまったということでもあります。
ただ、そればかりでもありません。なんとなくむかつく。それだけで飛んでくることもあります。
理由を説明できない相手からも、来る。しかも、飛ばしている側にも、たいてい自覚がありません。呪おうと思って念じているわけではない。強い感情がそちらを向いていた、というだけです。
だから、誰が飛ばしているかを特定しようとしても、あまり意味がありません。本人が知らないものを、外から突き止めることはできない。犯人を探し始めると、身近な人を一人ずつ疑うことになります。それは、受けているもの以上に消耗します。
普通に生活していただけで、憑くこともあります
死霊のほうも、同じでした。
特別な場所に行ったわけでも、何かを持ち帰ったわけでもありません。普通に生活していただけです。それでも起きます。
今になって思い返せば、原因はいくつも挙げられます。無防備になっていた時期でした。知らないうちに、自分からその波長に近づいていた場面もあった。
けれど当時は、それが分かりませんでした。
ここが、いちばん理不尽なところです。原因がなかったのではありません。原因を読む手段を、持っていなかった。だから、何が起きているのかも、何をすればいいのかも分からない。なすすべがない、という状態でした。
理由もなく巻き込まれて、理由もなく続く。それを説明する言葉を持っていない。理不尽以外の何ものでもないと思います。
悪意の問題ではありませんでした
そのうえで、はっきりしてきたことがあります。
飛ばす側には自覚がなく、受ける側には無防備な状態があった。どちらも、悪意でそうなったわけではありません。
これは、加害と被害の話ではないということです。誰かが悪いから起きた、という構図に当てはめると、話が止まります。相手を責めても、状況は変わらない。
見るべきなのは、なぜ受けたのかのほうでした。
同じ場にいても、受ける人と受けない人がいます。同じように反感を向けられても、届く人と届かない人がいる。差があるということは、受ける側にも条件があるということです。
その条件については、霊的な影響を受けやすい人の構造|霊視で視るバリアの薄さと圧に書きました。
理不尽さは、知識で減ります
理不尽だと書いてきましたが、いまは同じようには感じていません。
現象そのものは変わっていません。相変わらず、心当たりのないところから来ることはあります。変わったのは、こちらの側です。
何が起きているのかを読めるようになると、それは理不尽ではなくなります。理由のない出来事ではなく、条件の揃った出来事として見えるようになる。
そうなると、対処が立ちます。いま自分がどういう状態か、何を拾ったのか、何をすれば落ちるのか。順番が見える。
分からないまま耐えるのと、分かったうえで手を打つのとでは、消耗がまるで違います。同じことが起きても、通り過ぎ方が変わります。
不可解なものが怖いのは、それが不可解だからです。説明を持つと、恐怖の量が変わる。この話は心霊現象が怖いのはなぜか|恐怖はどこから来ているのかに書きました。
知らないことは、落ち度ではありません
最後に、これだけは書いておきたいと思います。
受けてしまったことを、自分の落ち度として受け取らないでください。
隙があったから、弱かったから、そういう話ではありません。知らなかっただけです。知識のない状態で、防ぎようのないものを防げなかった。それは、責める材料になりません。
私も、そうでした。知識も理解もない時期に起きたことについて、当時の自分にできたことはなかったと思っています。
できるのは、これからのほうです。何が起きているのかを少しずつ読めるようになれば、同じことが起きても、同じようには効きません。
理不尽なことは、起きます。ただ、理不尽なままにしておく必要はありません。
PSYCHIC READING
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