占いは、統計だと思いますか。
私は、そうは考えていません。
そもそも占いは、統計という考え方が成立するよりずっと前から存在しています。もちろん、長い歴史の中で多くの経験が積み重ねられてきたことは事実です。
「この配置には、こういう傾向がある」
「この時期には、こういうことが起こりやすい」
そうした経験が積み重なり、現在の占術の体系が形づくられてきたことは否定できません。だから、過去の経験から生まれたものという意味では、統計に近い部分があるのかもしれません。
ただ、私が実際に占いを扱っていて感じるのは、統計というよりロジックです。一人ひとり異なる条件を、決められた体系に沿って読み解いていく。そして、そこに直感やインスピレーションが加わる。
今回は、私が鑑定の中で感じている占いの仕組みについて書きます。
占いは統計ではなく、ロジックだと考えています
まず、いちばん誤解されやすいところから。
統計というのは、多くのデータを集め、そこから傾向や関係性を分析するものです。
では、なぜ占いは統計だと言われるのでしょうか。おそらく、長い年月の中で「この配置にはこういう傾向がある」「この時期にはこういうことが起こりやすい」といった経験が積み重ねられてきたからだと思います。その意味では、過去の経験が占いの体系に影響していることは間違いありません。
ただ、経験が積み重なっていることと、統計によって答えを出していることは別です。
私が四柱推命を見るときも、
「この生年月日の人は、何%こうなる」
という見方はしません。命式に現れている干支、五行、配置、関係性などを、一つひとつ読み解いていきます。そこには、決められた見方や法則があります。
だから私は、統計というよりロジックという言葉の方がしっくりきます。
もちろん、これは占いは統計ではないと証明したいという話ではありません。統計的なものとして占いを見る方がいることも理解しています。あくまで、私自身が占いを扱うとき、何をしているのかという話です。
そもそも、統計は取れるのでしょうか
統計というからには、データが必要です。同じ条件の人を大量に集めて、その後どうなったかを追跡する。それが揃って初めて、傾向と呼べるものが出ます。
では、四柱推命で同じ条件の人を集められるでしょうか。
命式は生年月日と時刻で決まります。同じ命式を持つ人を集めようとすれば、同じ日の同じ時間に生まれた人を探すことになります。その人たちが今どこで何をしているのかを追い、人生に何が起きたかを記録していく。現実的に、これができるとは思えません。
さらに言えば、条件が揃っていても結果は同じになりません。
私は双子なので、そこは身をもって知っています。同じ日に、ほとんど同じ時間に生まれて、同じ家で育っても、歩む道は違います。このことについては双子は同じ運勢になるのか|双子である私が考えていることに書きました。
私も、検証のためにデータを取ることはあります。ある配置の人に共通する傾向がないか、自分の鑑定記録を並べて確かめる。そういうときに、便宜上、統計という言葉を使うこともあります。
ですが、それを統計学だと思ったことは一度もありません。
出てくるのは、おおよそのパターンです。断定できるものではありません。傾向が見えたところで、目の前の一人がその通りになる保証はどこにもない。
占いを学んでいない方が、占いとはこういうものでしょう、という意味で統計学という言葉を使うことがあります。言いたいことは分かります。
ただ、統計学と呼ぶのであれば、そのデータはどこにあるのか。誰が、どうやって取ったのか。私は、そこを確かめないまま言葉だけを借りることには違和感を覚えます。
私自身が検証のために数えるときも、同じです。何をどう数えたのかを言えないなら、それは傾向ですらありません。
占術には、ロジックとインスピレーションの側面があります
そのうえで、私の中での整理を書きます。これは学術的な分類ではありません。あくまで、私が占術を扱ううえでの目安です。
一つ目が、ロジックの側です。積み上げられた法則や、体系化された理論に基づいて答えを導き出すもの。四柱推命や西洋占星術、数秘術などが、ここに近いと思います。命式や星、数字などを一定のルールに沿って読み解いていくため、同じ条件で同じ体系を使えば、基本となる結果は大きく変わりません。もちろん、最終的な解釈には読み手の技術が関わります。それでも、土台には明確なルールがあります。
二つ目が、インスピレーションの側です。その瞬間に受け取った感覚から読むもの。霊視、チャネリング、インスピレーションタロットなどが、ここに近いと思います。読む人の感性によって結果が変わることもありますが、その瞬間、その人、その場所でしか拾えないものを扱えるという強みがあります。
そして、両方の側面を持つものもあります。私にとっては、易がそれです。
易には、卦の構造や爻辞という明確な体系があります。その意味では、非常にロジック的です。一方で、どの卦が出るのか。出た卦を、今の状況にどう当てはめるのか。その部分には感覚が入ります。
だから私は、易をどちらか一方に分類していません。
直感とインスピレーションは、出どころが違います
ここで、混同されやすい二つの言葉を分けておきます。直感と、インスピレーションです。私の中では、この二つは似ているようで、出どころが違います。
直感というのは、自分の中に蓄積された経験や知識から、無意識のうちに答えが出てくるものだと考えています。
「なんとなく、こちらの方がいい」
という感覚です。自分では理由を説明できなくても、過去の経験や知識が無意識のところで判断している。つまり、答えは自分の中にあります。
一方、インスピレーションは、自分の中にない情報を外から受け取るものです。降りてくるという言い方が近いかもしれません。経験したことのない答えや、思いもよらないものが浮かぶ。自分で考えて導き出したわけではないのに、突然そこにある。私の中では、それがインスピレーションです。
理屈としては、この二つは別のものです。
ただ、体感としては分かれていません
ここは、正直に書いておきます。
私自身、鑑定の最中に「今のは直感だ」「今のはインスピレーションだ」と区別しているわけではありません。違いをそこまで意識していないというのが、実際のところです。
ただ、後から思い返してみると、感覚的には半々くらいだと分かります。経験から分かることもある。一方で、自分では考えていなかったことが突然浮かぶこともある。
そして最近は、自分の経験則から分かることが増えているようにも感じます。これは、思考寄りだった自分が感覚寄りになったからなのか。それとも、単純に経験が積み上がったからなのか。そこは、自分でもまだ整理できていません。
言えるのは、鑑定の中ではロジックだけ、直感だけ、インスピレーションだけと、きれいに分かれているわけではないということです。
場所ではインスピレーション、石でもインスピレーション
もう少し具体的に書きます。
私の場合、インスピレーションを強く受け取るのは、鑑定の場よりも土地や場所であることが多いように感じます。
以前、秋分の日にお寺の前を通ったときに、異常な圧を感じたことがありました。あれは、考えて分かったことではありません。通った瞬間に来たものです。どちらかというと、直感というより、体感や霊感に近いものでした。この件については「土用や季節の変わり目に体が重い理由|霊視鑑定師が考える境界の時期」にも書いています。
石を選ぶときも、インスピレーションの側だと感じています。この石が今どういう状態にあるのか。誰に合うのか。少なくとも私の場合、そこは計算では出てきません。感覚で見ています。
一方、生年月日から命式を出して読むときは、明確にロジックです。ここに感覚を入れません。入れると、読み違えるからです。
まず命式を正確に出す。そのうえで、決められた理論に沿って読む。ここは、感覚で変えてはいけない部分だと考えています。
どちらか片方では足りないと考えています
では、ロジックとインスピレーションのどちらが優れているのでしょうか。私は、どちらか一方では足りないと考えています。
ロジックだけだと、あなたはこういう性質です、この時期はこうです、という事実の提示で終わってしまうことがあります。個別の事情や、今の心の動きまでは汲み取れない。教科書通りの話になりやすい。
一方、インスピレーションだけだと、主観が混ざりやすくなります。
「なんとなく、そう感じる」
だけでは、聞いている側も判断のしようがありません。具体的にどう動けばいいのかも、ぼやけます。
だから私は、両方を使います。
まず、ロジックで骨組みを見る。生年月日と運命学の理論から、本来の性質や運の大きな流れを把握する。ここで大きな読み違いを防ぎます。
そのうえで、霊視や易で今の状態を見る。今この人が何を感じているのか。どこで止まっているのか。どの選択肢に動きがあるのか。そうした部分は、計算だけでは出てきません。
大事なのは、順番です
そして、もう一つ大事なことがあります。
この二つは、ただ混ぜればいいわけではありません。私が大切にしているのは、順番です。
先にインスピレーションで読んでしまうと、そこに合わせてロジックを解釈してしまう危険があります。感覚で出た答えを、後から理屈で補強する。それでは、検証になりません。
だから私は、ロジックを先に置きます。骨組みを固めてから、感覚を重ねる。順番が逆になると、自分の思い込みが混ざりやすくなるからです。
これは、AI占いについて検証したときにも感じたことでした。命式というロジックの部分が正確でなければ、その先の解釈は意味をなしません。詳しくは、AI占いは当たるのか|四柱推命の命式を検証して分かったことに書いています。
腑に落ちなかった鑑定には、理由があるのかもしれません
占ってもらったけれど、なぜか腑に落ちなかった。一般的なことしか言われなかった。そんな経験のある方もいると思います。
もちろん、それだけでその鑑定が間違っていたとは言えません。占いには、それぞれの考え方や読み方があります。
ただ、私自身は、ロジックと感覚のどちらか一方だけでは十分ではないと感じています。ロジックだけでは、その人の今が抜け落ちる。感覚だけでは、根拠となる骨組みが弱くなる。そして、順番を間違えると、自分の思い込みを占いの結果として扱ってしまう危険もある。
だから私は、ロジックで骨組みをつくり、インスピレーションで今を見る。この二つを分けながら、組み合わせています。
占いをどう捉えるかは、人によって違う
占いが統計なのか、ロジックなのか。直感とインスピレーションは何が違うのか。その答えは、占いをする人によっても違うと思います。
私は、占いを当たる当たらないだけで捉えるよりも、どういう仕組みで答えを導いているのかを見ることが大切だと考えています。
どんな体系を使っているのか。何を根拠に読んでいるのか。どこからが理論で、どこからが感覚なのか。それが分かれば、占いを受ける側も、自分に必要なものを選びやすくなるからです。
書き分けてきましたが、実際の鑑定では、この三つが順番に現れるわけではありません。理屈のうえでは分けられても、動いているときは同時です。
ロジックで骨組みをつくる。直感で経験を活かす。インスピレーションで、今ここにあるものを見る。
私にとっては、この組み合わせが、今のところいちばんしっくりきています。
そして、最終的にどう受け取るのか。どう判断するのか。その決定権はあなたが持っています。
EASTERN DIVINATION
運の仕組みを、読み解く
動くべきか、待つべきか。迷いの正体は、自分の運の仕組みが見えていないことです。
四柱推命・紫微斗数・易を照合し、なぜ今がその時期なのかを言葉にします。
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