背中がゾクッとして、その日はそれで終わった。ところが翌日、熱が出た。
誰にでもある経験だと思います。そして、そのほとんどは風邪です。
ただ私は、風邪だと思われている症状の中に、そうではないものが混ざっている場合があると考えています。
これはかなり極端な考え方だと思っています。医学的な裏づけがあるわけでもありません。それでも書こうと思うのは、私自身が経験しているからです。
今から20年ほど前、高校を卒業して引っ越した先で、私は40度を超える熱を出しました。あれは風邪ではなかったと、今でも断言できます。
体調を崩したときは、医療機関が先です
熱が出た、体がつらい。そういうときに、まず考えるべきは医学的な原因です。必要であれば医療機関を受診してください。
この記事は、風邪だと思ったら霊的なものかもしれない、と疑うことをすすめるものではありません。実際、私自身も熱が出たときに病院へ行こうとしています。霊的なものだと分かっていても、体がつらいことに変わりはないからです。
そのうえで、なぜ本人が風邪だと思い込んでしまうのか、その仕組みについて書いています。
なぜ、風邪と間違えるのか
憑かれるとき、多くの場合は首から入ってくると私は考えています。
これは20年近く霊的世界を知覚してきた中での私の見立てで、医学的な話ではありません。
背中の上のあたり、首の付け根です。そこから体の中へ入る。そのとき、体はゾクッとした反応を返します。
問題は、この反応が本人にとって何でもない出来事だという点です。
寒気がした。ただそれだけです。
誰かに話すようなことでもないし、その場では忘れてしまいます。そして数時間後、あるいは翌日になって、熱が上がる。
熱が出た時点で、人は直前の寒気と結びつけます。あのとき寒かったから風邪をひいた、と。これはごく自然な理解です。
医学的な説明と並べてみます
体内に入ったウイルスに対して、脳が体温を上げる指令を出す。そのために血管や筋肉が急激に収縮する。悪寒は、そのときに起きる反応です。ゾクッとして、その後に熱が上がる。
この仕組みは正しいですし、多くの場合はその通りだと思っています。風邪をひいたときの悪寒は、ほぼこれで説明がつきます。
私が経験して思ったことは、順番と症状がよく似ている、ということです。
何かが体に入ってきたという危険信号に対して、体が反応する。結果として、風邪をひいたときとよく似た症状が出る。
これは私の見立てであって、医学的に確かめられたものではありません。
ただ、症状の順番と形がここまで似ていれば、本人に区別がつかないのは当然だと思っています。
区別がつくとすれば、入ってきた瞬間に自覚があった場合だけです。私の場合が、それでした。
その日、部屋で何が起きたか
自室でウェブサイトを見ていました。
その日は回線がようやく開通して、一か月遮断されていたネット生活が終わったタイミングでもありました。今ならスマートフォンがあるので情報には困りませんが、当時は携帯電話で得られるものにも限界があります。何かあればネットに頼るという習慣が染みついていたので、やっと使えると喜んでいた記憶が残っています。
つまり、まったく警戒していませんでした。
そのネットを見ている最中に、部屋の空気が変わりました。
理由は分かりません。直感的に、やばい、やばい、やばい、という感覚と、恐怖としか言いようのない感情、言いようのない不安感が、一気に襲ってきました。
その直後です。首のあたりに、ドンという強い衝撃がありました。
入られた、と体感として分かりました。
私はすぐに洗面台に走って、入ってきたものを出そうとえずきました。出るのは唾液だけです。吐き気はあるのに、何も出てこない。当たり前です。物理的に何かを飲み込んだわけではないのですから。
それでも、何か入ったものをどうにかしようと、もがいていました。
5分、10分洗面台にいたと思います。でも、結局何も吐き出せませんでした。
部屋に戻りたくないと思っても、居場所がそこしかありません。
その日はずっと、違和感と恐怖を抱えたまま過ごしていました。
翌日、40度が出た
朝になると、熱が出ていました。40度以上です。
昨日のものが原因だと、私は確信していました。それでも、体に出ている症状は風邪そのものなんです。
体はつらい。だから病院に行きたいと思いました。霊的なものだと自分では思っていましたが、それとこれとは別の話です。体がだるい。熱が出ているなら診てもらいたい。
ただ、週末でした。救急にかかるほどかというと、そこまでではない。というより、動ける状態ではありませんでした。月曜になったら行こうと決めて、そのまま一日中寝ていました。
月曜の朝には、37度くらいまで下がっていました。もう平気だと思えるくらいには回復していて、結局病院には行かずに終わりました。
もしあのとき病院に行っていたら、風邪と診断されていたと思います。症状だけを見れば、そう判断するのが当然だからです。
それは、ずっと私の中にいました
熱が下がって、日常に戻りました。ただ、入ってきたものが出ていったわけではありません。自分でも気づかずそれと共存することになります。
当時の私には、憑いているのか離れたのかを判断する力がありませんでした。なんとなく残っている気がする、という程度です。確信はありませんでした。
結論から言えば、ずっと私の中にいました。
抜けたのは、10年以上経ってからです。ここでは詳細は書きませんが、あるタイミングで自分の中で向き合うことになって、その霊体とも向き合うことがあり、そこで離れました。
そのときは人の力を借りています。自分ひとりで何とかしたわけではありません。
ここで言えるのは、入られた翌日に熱が出て、それが下がったからといって、終わったわけではなかったということです。
なぜ、あの夜だったのか
あのとき何が入ってきたのかは、今の視点でなら分かります。もともとあの部屋にいたものです。私が引っ越してくる前から、そこにいた。
入居したときには、何も感じませんでした。当時の私に、感じ取る力がなかったからです。
では、なぜあの夜だったのか。無防備だったからだと考えています。
一か月ぶりにネットが使えるようになって、意識が完全に画面へ向いていました。周りへの注意は、ほとんど残っていなかったと思います。
霊的なものについて言えば、背中がいちばん大事です。首から背中にかけて、意識が向いているかどうか。ここが自分の守りの強さを決めます。守りを強くするには、自分のオーラを厚くする必要がある。そしてオーラを厚くするのは、自分の軸です。つまり、心のありようです。
背中の状態については寝ても疲れが取れないのはなぜか|霊視で視える背中の消耗に、影響の受けやすさそのものについては霊的な影響を受けやすい人の構造|霊視で視るバリアの薄さと圧に書きました。
18歳の私には、軸と呼べるものがありませんでした。それだけのことだと思っています。
私が20年以上この分野に関わってきたと言うとき、その起点はここにあります。
高校生の頃から、人がいないのに話し声がする、足音がするといったことは頻繁にありました。ただ、それらに実害はなかった。実害を伴ったのは、このときが初めてです。
自分の身に起きたことの原因が知りたい。それだけでした。恥ずかしくて誰にも言えないまま、一人で考え続けることはしていました。そうしないと自分の感覚と一致しない。霊的な世界があると考える方が自然だったんです。
ばらばらだった経験が線になったのは、占いを学び始めた頃です。自分が感じてきたことに名前がついて、見立てが大きく外れていなかったと分かった。あの部屋の出来事を今のように説明できるのも、そこから先の話です。
なお、邪気という言葉を私がどういう意味で使っているかは、「風邪」と書くのはなぜか|邪気という言葉が指していたものに書きました。この記事の話は、そちらで書いた広い意味の邪気とは別の話であり、もっと限定的な出来事です。
不安になった方へ
こういう話を読むと、自分にも何か憑いているのではないかと思う方がいます。
不安になること自体は、悪いことだと思っていません。気づくことは大事だからです。ただ、順番があります。
何も起きていないなら、気づかなくていいと思います。仮に何かがいたとしても、生活に支障が出ていないのなら、わざわざ探しに行く必要はありません。
なんとなく体が重い、特定の場所に行くと決まって不調になる。この段階なら、検討の余地はあります。誰かに相談してみてもいい段階です。ただし正直に言えば、多くの場合は思い込みです。
そして、はっきりと体調を崩している場合。まず医療機関に行ってください。私も行こうとしました。順番として、そちらが先です。検査をして何も出なかったとき、初めて別の可能性が残ります。
私の場合は、入られた瞬間の記憶や感覚、感情があったから区別がつきました。逆に言えば、その記憶がないのなら、風邪だと考えるほうが自然です。今でもその時のことを鮮明に覚えています。それだけ印象的な出来事でした。
ゾクッとしたから憑かれた、ではありません。ほとんどの場合、それはただの寒気です。
でも、それと違う感覚が伴う時は霊障という状態である可能性も捨てきれません。私の場合は、空気が変わったという明確な自覚がありました
あなたの体で起きていることを判断できるのは、最終的には自分でしかありません。
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