しっかり眠ったのに、朝から体が鉛のように重い。病院では異常なし。でも何かが確実に漏れている気がする。理由もなく気分が沈んで、何をするにも体が言うことを聞かない。
先にお伝えしておきます。不調が続いているなら、まず医療機関で診てもらうことをおすすめします。体のことは、体の専門家が診るのが先です。私が視ているのは、検査をしても何も出なかった後に残る部分についてです。
そのうえで、検査で異常が出ない疲れについて、霊視で視えていることを書きます。
寝ても疲れが取れないのは、体力ではなく気力が減っているからです
まず、この状態は疲れているのとは違います。
体力の消耗であれば、休めば戻ります。眠れば回復する。それが普通です。
けれど、寝ても取れない疲れを抱えている方を視ると、体力とは別のものが減っています。ゲームで例えるなら、MPが極端に減っている状態です。
体は動く。動けるけれど、何かをする気力が湧かない。やろうと思っても、始める前の一歩が出てこない。
こういう方は、ご本人は疲れているだけ、とおっしゃいます。けれど霊視で視ると、中身がすっぽ抜けているような印象があります。人としてそこにいる。でも芯がない。軸の部分がない。上の空のような感じです。
体力の消耗は、重さとして視えます。重いものを背負っているような、下に引っ張られている感じ。対してこの状態は、逆に軽い。中身の入っていない容器のような軽さです。
だから、ご本人も気づきにくいのだと思います。痛みも重さもないので、疲れているという以上の自覚が持てません。
この状態は、お盆の前後にも増えます。時期による影響については、お盆に気をつけること、気にしなくていいこと|霊視鑑定師の視点に書きました。
霊視で視ると、背中のオーラが薄くなっています
エネルギーが減っている方を視るとき、視え方には二つのパターンがあります。
一つは、全体が均等に薄くなっている場合。もう一つは、部分的に薄くなっている場合です。
そして私の見立てでは、背中が薄い方が圧倒的に多いです。
正面から見ると普通に視えるのに、背中側だけが明らかに薄い。厚みがない。そこだけ層が抜け落ちているように視えます。
私自身にも、同じことが起こります。
夏場など邪気が動きやすい時期は、どれだけ日々の浄化を積んでいても体が重くなることがあります。これは肉体疲労とは質が違います。休んでも、眠っても、取れない種類の重さです。
そういうとき、自分を視ると特徴的な視え方をします。背中側、ちょうど肩甲骨のあたりに穴が空いているような感覚です。そこから静かに、しかし確実に漏れ出している。
だから眠れない。だから回復しない。
背中が薄くなるのは、そこが自分の視野の外にあるからです
ここからは私個人の見解です。断定できる話ではありませんが、長く視てきた中で、こう考えるようになりました。
背中は、自分の視野の外にあります。
人は、自分の見えるものには意識を向けます。顔、手、前方。日常的に確認できる範囲です。けれど背中は、鏡を使わない限り自分で見ることができません。
見えないものには、意識が向かない。意識が向かないところは、自分との境界線が薄くなる。
境界線が薄いということは、自分と外側の区別が曖昧になっているということです。そこは外からの影響を受けやすく、同時に、内側のものが漏れ出しやすい場所になります。
背中に手が届かないのは物理的な話ですが、意識が届かないというのは、それとは別の話です。そして霊的な影響という観点では、後者の方が大きいと私は考えています。
もちろん、これは私の見立てであって、他の方が同じように視ているとは限りません。ただ、視えるものと現実の一致を確認し続けてきた中で、この解釈がいちばん筋が通っています。
オーラは、特別な人だけが持つものではありません
ここで前提を整理しておきます。
オーラは特別な人だけが持つものではありません。感情や意識、生命活動そのものが層として体の周囲に広がっているもので、誰もが例外なく持っています。
状態が整っているとき、その層は厚みを持ち、外からの影響を自然に受け流します。バリアのような役割です。
けれど、日々のストレス、環境の淀み、他者の強い感情によって、この層に隙間ができる。そこから少しずつ、気づかないうちに漏れ出していく。
その結果として現れるのが、寝ても取れない疲れです。
層が薄くなる原因は、日常の中にあります
薄くなる原因は、特別なところにはありません。
- 環境のノイズ
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混雑した場所、換気の悪い空間、気が停滞した場所に長く身を置くこと。そこにいるだけで、少しずつ削られます。
- 感情の摩擦
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仕事や人間関係のストレスに加えて、他者の強い感情を無意識に引き受けてしまうこと。嫉妬、依存、怒り。向けられた側に自覚がなくても、影響は受けています。これについては、特定の人と会うと疲れるのはなぜか|霊視で視える念の正体で詳しく書いています。
- 自己否定の習慣
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これがいちばん見落とされます。自分を肯定できない状態が続くと、層の修復が追いつかなくなる。外から削られる一方で、内側から補充されない。だから穴が広がり続けます。
外側の要因は環境を変えれば減らせますが、自己否定は場所を変えても付いてきます。場所を変えても人間関係を変えても重いままという方は、ここを疑ってみる価値があります。
前向きな話が数分で消えてしまう方がいました
セッションで、こういう場面がありました。
前向きな話をしても、数分後にはまたネガティブなところに戻ってしまう。ご本人は変わりたいと願っているのに、何かに引っ張られているような、不自然な行き来です。これは意志の弱さではありません。補充が追いつかないまま、削られ続けている状態です。
そこでエネルギーの詰まりのほうに手を入れたところ、私から何も説明する前に、ご本人が先に言葉にされました。体が急に軽くなった。視界がパッと明るくなって、目が大きくなった気がする、と。
憑き物が落ちた、という言い方が近い状態です。表情が変わり、帰られるときの姿は、来られたときとは別人のようでした。
ただし、こうなる方ばかりではありません。何度視ても少しずつしか動かない方もいます。どちらになるかを、こちらで選ぶことはできません。私にできるのは、今どこがどれだけ薄いかをお見せするところまでです。
疲れが取れないとき、今日からできることが二つあります
完全な対処は個別に視る必要がありますが、今日からできることが二つあります。
一つは、空間を整えることです。
換気、掃除、不要なものを手放すこと。物理的な整頓は、停滞した気を動かします。部屋が変わると、そこにいる人のエネルギーも変わる。これは感覚の話ではなく、気の仕組みから来ています。
もう一つは、背中を意識することです。
先ほど書いた通り、背中は意識が届きにくい場所です。だからこそ、意識的に向けるだけでも意味があります。
難しいことは要りません。背中を伸ばす。壁に背中をつける。人に背中を触ってもらう。自分の背中がそこにある、と確認できる行動なら何でも構いません。
これで完全に整うわけではありませんが、意識が向いていない状態と、向いている状態では違います。
どこがどのくらい薄いかが分かると、次の一手が決まります
霊視でエネルギーの状態を視るとき、私が確認しているのは、今どこがどのくらい薄いか、です。
全体なのか、背中なのか。外から削られているのか、内側から補充されていないのか。原因の性質によって、必要な対処はまったく違います。
漠然とした不調に名前がつくと、それだけで少し楽になります。何が起きているか分からない状態が、いちばん消耗します。
繰り返しになりますが、体のことは体の専門家が先です。そのうえで、検査で何も出なかったのに変わらないと感じているなら、現在地を確認してみるという選択肢もあります。そこから先どうするかは、ご自身が決めることです。
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