「あの場所は邪気が溜まっている」「あの人から黒いものを感じる」
スピリチュアルな話題でよく耳にする表現です。「黒」と聞いて、多くの方がイメージするのは、光を一切通さない重たい闇ではないでしょうか。どす黒く、ねっとりとした、近づきたくない何か。
そして、黒いオーラについて調べる方の多くが、死や不幸との結びつきを心配されています。
でも、鑑定師として色とエネルギーに向き合い続けてきた立場から言うと、「黒という色そのものが悪いわけではない」というのが私の見解です。
同時に、これは「黒はポジティブな色です」と単純に言い切れるものでもない。
今回は、霊視で実際に視えている黒の質感と、陰陽五行における黒の位置づけを合わせながら、誤解されがちな「黒の正体」についてお伝えします。
「黒いオーラは死の前兆」なのか
先に、いちばん心配されていることからお答えします。
黒が視えたから死ぬ、ということはありません。
私はこれまで鑑定の中で何度も黒を視てきましたが、それが誰かの死を予告していたことはありません。そもそも私は、寿命のような領域を視る立場にないと考えています。
ただ、なぜ黒と死が結びつけられるのかには、理由があります。それは東洋思想における黒の位置づけに関わるので、後ほど書きます。
私が霊視で黒を視るとき、感じるのは、今、流れが止まっているという状態です。
止まっているものは、動かせます。だから私は、黒を視ても不吉だとは思いません。
霊視で「黒」が視えるとき
霊視をしていると、黒は目立ちます。
他のオーラの色と明らかに質が違う。エネルギー的に惹きつけられる感覚があって、視線が自然とそこに向く。重さというか、密度が違う。他の色には感じない質量のようなものがあります。
だから、視えた瞬間に「ここに何かがある」とわかる。
私の霊視の感覚では、黒はポジティブな象意として現れることは少ないです。これは理屈ではなく、純粋に感覚として、心がざわつく。長年鑑定を重ねてきた中で、そのざわつきは精度を持つようになりました。
ただ、「黒=悪いもの」という話ではありません。
黒が視えるとき、そこには必ず「何か」がある。その「何か」が何であるかを読むことが大事であって、色だけで判断するのは早計です。
陰陽五行における「黒」の本来の位置
先ほど保留にした、黒と死が結びつけられる理由についてです。
東洋の陰陽五行説において、黒は五行の「水(すい)」に対応します。
水が司るもの。生と死、生殖、腎臓、知恵。水の性質は、どんな器にも収まり、命を育む源泉であることです。
ここに、黒と死が結びつけられた理由があります。水は、生と死の両方を司ります。 生命が生まれる場所であり、同時にすべてが還る場所でもある。つまり黒は、生命の源泉であると同時に、終わりの象徴でもある。
この片方だけが取り出されて伝わったものが、「黒=死」という理解なのだと私は考えています。本来は両方を含んでいるのに、暗いほうだけが残った。
深海を想像してください。浅瀬は青く見えますが、生命が生まれるような深海は、光が届かないほど深く、濃い黒に見える。あの黒は、死の黒ではなく、生命を宿すための豊かで深い黒です。
五行における正しい「黒」の色味は、インクのような真っ黒ではありません。「ナスのような黒光りした色」、あるいは限りなく黒に近い深紫色です。
古来より紫が高貴な色とされてきたように、視えない世界においてもこの紫がかった黒は格が高い。チャクラで言えば、第1チャクラ(赤・生命力)と対になる第7チャクラ(紫・霊性意識)の色でもあります。
構造として整理すると、本来の黒とは「最も精神性が高く、思慮深い色」です。
邪気の黒と、高貴な黒の違い
では私が霊視でざわつくような黒とは、何が違うのでしょうか。
色の問題ではなく、質(テクスチャ)の問題です。
邪気として現れる黒は、停滞しています。流れがなく、固まっている。絵の具を洗わずに混ぜ続けて汚くなった水のような、濁った重さ。近づくと生気を吸い取られるような感覚になる、「光を拒絶する黒」です。
一方、前向きなエネルギーを持つ人の黒は、重厚です。一見すると黒に見えますが、すべての色を内包した結果の黒。清濁を併せ呑む度量、何色にも染まらない強い意志、すべての経験を糧にした知恵。それらが凝縮された、艶やかで奥行きのある黒です。
同じ「黒」という言葉でも、この二つは根本的に別のものです。
もし誰かに「黒いオーラが視える」と言われたなら、確認したいのは色ではなく、どちらの黒なのかです。
セッションで「邪気の黒」と向き合うとき
邪気の黒が視えるクライアントは、体の重さを感じていることが多いです。
疲れやすい、なかなか眠れない、寝ても疲れが取れない。そういった悩みを抱えていらっしゃる方の多くに、この質の黒が視えます。
ここで一つ、お伝えしておきたいことがあります。不調が続いているなら、まず医療機関で診てもらうことをおすすめします。 体のことは、体の専門家が診るのが先です。私が視ているのは、検査をしても何も出なかった後に残る部分についてです。
セッションが始まって霊視に入ると、その黒は場所として現れることもあれば、エネルギー全体に広がっている場合もある。どちらにしても、密度があって重い。他のエネルギーの流れを阻んでいるような、詰まった感覚です。
それは蓄積してこびりついた負の感情のようなもの、というのが私の見立てです。一度の出来事で生まれたというより、長い時間をかけて少しずつ積み重なったもの。だから処理しようとしても、すぐには届かない。表面をなぞっても、奥まで入っていかない感じがある。
実際のセッションでは、丁寧に時間をかけて向き合います。焦らず、層を一枚ずつ剥がしていくようなイメージで進める。クライアント本人が自分の感情と向き合う言葉を出してきたとき、エネルギーが少しずつ動き始める。その変化は、霊視の中で視えます。重たかったものが、ほんの少し軽くなる。流れが戻ってくる。
そして変化があったとき、ご本人が体感として何かを感じ取られることがあります。
「体が軽い」「呼吸がしやすい」「肩が下がった気がする」。言葉は人それぞれですし、何も感じない方もいらっしゃいます。ただ、私が霊視で視ている変化と、ご本人の体感が一致する瞬間はあります。
その一致を確認できたとき、セッションとして意味があったと感じます。色として視えていたものの奥に、感情の蓄積という構造があった。その構造が動いたから、感覚に変化が出た。視えないものと体は、切り離せないつながりの中にある。そのことを、このプロセスを通じて毎回確認しています。
黒として視えていなくても、同じような枯渇が起きていることもあります。検査をしても何も出ない疲れについては、「原因不明の疲れ」に原因はある。霊視で視えるエネルギー枯渇の仕組みでも書いています。
他人の黒を「感じ取る側」の人へ
ここまでは、自分のオーラに黒があると言われた方に向けて書いてきました。
一方で、他人の黒を感じ取ってしまう方もいます。あの人に会うと消耗する、あの場所に行くと重くなる。そういう感覚を持つ方です。
この場合、大事なのは相手の状態と自分の状態を混同しないことです。
感じ取れるということは、それだけ受け取りやすいということでもあります。受け取りやすい人は、相手の重さを自分の重さとして抱えてしまうことがある。実際には自分のものではないのに、自分が疲れていると解釈してしまう。
見分け方はシンプルです。その重さは、いつ始まったか。 特定の人に会った後から、特定の場所に行った後から始まっているなら、それは自分のものではない可能性が高い。
自分のものでないなら、抱え続ける必要はありません。感じ取ったことと、引き受けることは別です。
なお、特定の相手との間だけで起こる消耗については、人間関係の不調は「念」が原因だった|見えないエネルギーが運を動かす仕組みで詳しく書いています。
「黒いオーラ」と言われたとき
もしオーラ鑑定で「黒っぽい」と言われても、すぐに不安になる必要はありません。
大事なのは、それが「停滞している黒」なのか、「凝縮されて重厚な黒」なのかです。逃げの黒(心を閉ざす闇)なのか、攻めの黒(何にも染まらない意志)なのか。
そして、もし言われたことが気になっているなら、その方に「なぜ、その色が出ているのですか」と聞いてみてください。
これは私自身が大切にしてきた基準なので、他の方に当てはまるとは限りません。感覚が先に来て、言葉が後から追いつくタイプの方もいます。説明できないことが、視えていないことの証明にはなりません。
それでも、答えが返ってきたなら、あなたの中で腑に落ちるものがあるはずです。返ってこなかったなら、その言葉は一度預けたままにしておいてもいい。急いで受け取る必要はありません。
日常の中で黒を取り入れるなら、素材を意識してみるのも一つです。光沢のある上質な素材の黒は、高貴な黒の質感に近い。くすんだ薄い黒は、停滞の質感に近づきます。
色は視覚情報ではなく、エネルギーそのものです。
自分のオーラに黒があるかどうか、あるとしたらどちらの黒なのか。それを知ることで、今の自分の状態を構造として確認できます。構造が視えると、「なぜ自分はこうなのか」が腑に落ちる。腑に落ちると、初めて動けます。
判断は、いつでもご自身のものです。

