一粒万倍日は嘘ではありません。天赦日も、暦の上では確かに意味のある情報です。それを調べて良い日を選ぼうとする姿勢も、間違っていません。
ただ、一つだけ正直に思っていることがあります。
それは、あなた個人のための情報ではないということです。
今日は日本全国で晴れでしょう、という天気予報を聞いて安心したとします。でも、あなたの住む地域だけゲリラ豪雨がきて土砂降りだったら。一粒万倍日という情報は、それと同じ性質を持っています。
吉日を選んでいるのに何も変わらない。そういう感覚があるなら、その違和感は正しいと思います。
暦を「使う」のと「縋る(すがる)」のは違います
鑑定の場で、暦をとても気にしている方に会うことがあります。
財布をおろす日、新しいことを始める日、契約を結ぶ日。何かにつけて一粒万倍日や天赦日、六曜を確認して、良い日を選んで動いている。
姿勢だけを見れば、暦を大切にしている方に見えます。
ただ、話を聞いていると引っかかることがあります。これだけ暦を気にしているなら、冲くらいは知っているのではないかと思うのですが、そういう概念はまったく視野に入っていない。 一粒万倍日、天赦日、大安。知っているのはそれだけ、という場合が多い。
つまり、暦を活用しているのではなく、暦に自分の行動を許可してもらっている状態に近い。
自分の中に判断軸がないから、外側に答えを求める。その外側がたまたま暦だっただけで、仕組みとしては依存と変わりません。
都合のいい情報だけを拾ってしまう
縋りになっているとき、必ず起きることがあります。都合のいい解釈です。
不成就日と一粒万倍日が重なっていれば、不成就日には目をつぶる。凶の要素に気づいても、でも一粒万倍日だからと打ち消す。
暦を信じているようで、実際には自分が信じたいものだけを信じている状態になっています。
ネットや雑誌で手軽に手に入る情報は、既製服のようなものです。全員向けに作られたサイズであって、あなたの体型に合っているとは限りません。
当たらないと感じるのは、体系の一部だけを使っているからです
十干十二支の観点から言うと、世間が最強開運日と呼んでいる日が、その人の命式と冲の関係にあることがあります。
冲というのは、干支の組み合わせが衝突する関係のことです。自分の日柱の干支と、その日の干支が冲になっているとき、どれほど世間的な吉日でも、個人にとっては動くのに向かない日になることがあります。
一粒万倍日を熱心にチェックしている方が、冲を知らない。これは矛盾しているようですが、当然とも言えます。都合の悪い情報だからです。
安心できる情報だけを集めた結果、肝心な部分が抜け落ちている。
暦は体系として存在しています。一部だけ取り出して使えば、どこかで歪みが出る。当たらないという感覚は、その歪みが表に出たサインだと私は考えています。
専門的な日選びは「擇日」といいます
では、専門家が使う日選びはどういうものか。
台湾や香港で古くから実践されてきた擇日という技術があります。通勝と呼ばれる専門書を用いて、個人の生年月日と命式に照らしながら、その人がその目的で動くのに適した日時を特定するものです。
既製服ではなく、オーダーメイドに近い。
一粒万倍日という全員向けの情報と、擇日による個人の日選びは、精度としてまったく別のものです。会社設立や重要な契約のタイミングで鑑定師に日取りを依頼する経営者が一定数いるのは、その差を知っているからだと思います。
日選びより、先に問うことがあります
ここまで書いておいて、もう一つ正直なことを書きます。
日選びは、行動の精度を上げる技術です。行動そのものを生み出す力ではありません。
自分の現在地が分かっていない状態で吉日に動いても、向かう方向が定まっていなければ意味をなさない。羅針盤のない船が追い風を受けても、遠くまで漂流するだけです。
暦を気にしている方に感じるのは、何を成し遂げたいかより、今日動いて大丈夫かへの関心が強いということです。判断の基準が自分の目的ではなく、その日の吉凶になっている。
暦は、自分の意志ある行動を後押しするための道具です。行動を許可してもらうためのものではありません。
だから、日選びの前に問うことがあります。自分は今、何をしようとしているのか。そのために何が必要なのか。そこに答えが出ているとき、はじめて吉日を選ぶことに意味が生まれます。
自分で決めることと誰かに聞くことの線引きについては、占いに頼る前に、まず自分で考える|依存させない鑑定師の線引きに書きました。
タイミングと方向は、掛け算です
易に一陽来復という言葉があります。冬至を表す言葉で、陰が極まれば陽に転じるという考え方です。
ここで大事なのは、タイミングを捉えることと、ただ待つことは違うということです。
陽のエネルギーが満ちる瞬間を見極めて、そこに意志ある行動を重ねる。それが擇日の考え方に近い。毎日の吉凶を確認し続けることとは、発想が違います。
一陽来復については、悪いことが続くのは理由がある|易が示す運気反転の構造に書いています。
違和感があるなら、その感覚でいいと思います
一粒万倍日を調べること自体は、悪いことではありません。選べるなら良い日を選んだほうがいい。
ただ、それが縋りになっているなら、一度立ち止まる価値があります。
吉日を選んでいるのに何も変わらないという感覚。その違和感は、暦の一部だけを取り出して安心材料にしていることへの、まともな部分からの反応だと思っています。
本当に暦を使いたいなら、まず自分の命式を知ること。自分にとっての冲がいつ来るかを知ること。そして目的を定めた上で、その行動を後押しする日を選ぶこと。
一粒万倍日を調べる時間があるなら、自分が今何をしようとしているのかを先に問うてみてください。 その答えが出たとき、日を選ぶ意味が生まれます。
EASTERN DIVINATION
運の仕組みを、読み解く
動くべきか、待つべきか。迷いの正体は、自分の運の仕組みが見えていないことです。
四柱推命・紫微斗数・易を照合し、なぜ今がその時期なのかを言葉にします。
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