自分のブースにだけ、人が入らない。
イベントに出展することがあります。満員御礼になることは、ほぼありません。同じ霊視鑑定をされている方の中には、毎回きちんと人が入っている方もいます。同じ会場で、同じ時間で、条件は変わらないのに。この差は何なのか。私はずっとそれを考えてきました。今のところの答えは、柔らかさです。
イベントで、私のブースだけ人が入らないことがあります
同じ会場で、同じ日に、同じ時間だけ座っている。それなのに、隣は途切れず、こちらは空いている。そういう日があります。
最初のころは、これがかなりこたえました。
自分が否定されているような気持ちになります。恥ずかしさ、情けなさ、虚無感。順番に来るのではなく、全部が一度に来ます。座っているだけの時間が長くなるほど、それが濃くなっていく。
メニューも違う。時間も金額も違う。だから単純な比較にはならない。そんなことは頭では分かっているのに、目の前の人の流れだけが事実として突き刺さってきます。
気にしていたのは、自分で自分を否定していたからでした
あるとき、気づいたことがあります。
私が気にしていたのは、人が来ないことそのものではありませんでした。人が来ないという事実を通して、自分で自分を否定していたのです。
カッコ悪い自分。情けない自分。その姿を人前にさらしているという感覚。他人が私をどう見ているかではなく、私が私をどう見ているかのほうが、ずっと重かった。
人が入らないことと、自分の存在価値は直結しません。メニューが違えば、届く人も違う。金額が違えば、その場で決められる人の数も変わる。当たり前の話です。
それでも苦しかったのは、外の出来事を、内側の否定の材料に使っていたからでした。ここに気づいてから、少し楽になりました。
宣伝を一切しないのは、自分の運を見るためです
もう一つ、正直に書いておきます。
私は、イベントの宣伝を一切していません。告知もしなければ、事前の集客もしない。
ちゃんと理由があります。自分の運を見ているからです。
宣伝をすれば、ある程度は人が来ます。でもそれをすると、自分の力で来たのか、告知で来たのかが分からなくなる。何もしない状態で座っていると、その日の流れがそのまま出ます。
満枠に近くなる日があります。まったく入らない日もあります。イベントによっての傾向も見えてきます。同じ主催でも回によって違う。会場が変わると違う。時期でも違う。
それらを何年か見ていると、数字ではないところで分かってくるものが出てきます。私はこれをバロメーターとして使っています。だから、あえて宣伝をしていません。
入りやすさの正体は、柔らかさだと私は考えています
それでも気になり続けたのは、入る日と入らない日の違いです。
環境のせいではありません。空気の重い会場もあります。動線の悪い会場もあります。ただ、それは他の出展者にとっても同じ条件です。同じ場所で、同じ日に、人が入っている人がいる。
だから環境の話ではない。私はそう結論しました。
あるのは入りやすさです。そしてその正体は、柔らかさだと今は考えています。
これはエネルギー的なものです。ぱっと見て、気になるか気にならないか。そこはまだ入口で、その先があります。気にはなるけれど、足が向かない。その手前で止まってしまう。逆に、気になった次の瞬間にはもう近づいている人もいる。その差を生んでいるものが、柔らかさだと私は視ています。
同じように、良いものがあるのに届かないという状態については、なぜ良いものが届かないのか|霊視から状態の構造を読むでも書いています。
口コミや紹介は、この柔らかさを補うものとして働くのだと思います。知らない人に近づくのは重い。でも誰かが良かったと言っていたなら、その重さが軽くなる。柔らかさが足りない分を、外側から補っている状態です。
私には、その柔らかさがありません
自分で言うのもなんですが、私にはその柔らかさがないと自負しています。
生まれ持った気質でもあると思います。なんとなく話しやすい雰囲気の人と、なんとなく話しかけづらい雰囲気の人がいますよね。私は明らかに後者です。
そこに加えて、扱っているものが霊的なものです。何をやっているのか分からない人、という印象が上に乗る。近づく理由より、近づかない理由のほうが多くなります。実際に霊視で何を視ているのかについては、霊視では何が視えているのか|槍・岩・足枷という形の話に書きました。
面白いのは、その先です。
私の鑑定を受けてくださる方は、大きな悩みを話される方が多いのです。軽いものではありません。誰にも話せずに抱えてきたものを、そこで出される。
ということは、その方も他の人に話しません。深刻なものほど、人に言えないからです。だから紹介にも口コミにもつながらない。ここは私の分析ですが、たぶん合っていると思っています。
柔らかさがない。だから入りにくい。入ってくる方は深い悩みを持っている。だから外に広がらない。この二つが重なっているのが、今の私の状態です。
同業の方の鑑定を受けたら、視え方がほとんど同じでした
過去のイベントで、同じく霊視鑑定をされている方の鑑定を受けた時があります。
普段、私は他の方の鑑定をあまり受けません。そのときは直感的に受けた方がいいと感じたので受けました。
驚いたのは、視え方も、捉え方も、考え方も、理論の組み立て方も、ほとんど同じだったことです。使っている言葉が違うだけで、やっていることは同じでした。
そのときに思いました。差があるとしたら、それをどう表に出しているかだけなのだと。
中身が違うのではない。見せ方が違う。この違いが、ブースの前で足が止まるかどうかを決めている。何年も気にしてきたことの答えが、そこにありました。
その経験から、少しやり方を変えてみることにしました。今まで鑑定というメニューだけだったところに、邪気払いのような体感できるものを足してみました。中身を変えるのではなく、入口を柔らかくする試みです。
やってみると、想定した通りに分かれました。悩みを抱えている方は霊視のほうへ、体験してみたい方は邪気払いのほうへ。入口が二つになっただけで、選ばれ方が変わりました。
面白いのは、一度来た方が続けてくださることです
もう一つ、自分でも意外だと思っていることがあります。
新規で来られる方は多くありません。ところが、一度イベントで受けてくださった方が、次の回にもまた来てくださることがあります。そこからセッションのほうに来られる方もいます。
外に広がらないのに、内側では続いている。この二つが同時に起きているのが、私の状態です。
これをどう捉えるかは、まだ自分でも決めきれていません。入口が狭いだけで中身は届いているのか、それとも、狭い入口を通ってきた方だからこそ深く受け取ってくださるのか。おそらく両方だろうと思っています。
分かっているのは、数の問題ではないということだけです。ブースの前を通り過ぎた人の数と、その日に何が起きたかは、必ずしも一致しません。
今も少しは気になります。ただ、引きずらなくなりました
気にするのをやめました、と書きたいところですが、正直に書きます。
今でも心がブレるときはあります。悔しさもあるのだと思います。隣に人が並んでいるのを見て、何も感じないということはありません。少しは気になります。
ただ、引きずらなくなりました。すぐに気持ちを切り替えられるようになった、というほうが正確です。
完全に気にならなくなったわけではない。ただ、その状態を、私はもう問題だと思っていません。感情が動くこと自体は、止められないからです。止められるのは、その感情を自分への否定に変換するところだけです。
もし今、誰かと比べて自分だけがうまくいっていないと感じているなら、一度分けてみてください。実際に起きていることと、それを自分がどう解釈しているか。この二つは別のものです。
私の場合、人が入らないのは事実でした。でも、だから自分に価値がないというのは、私が乗せた解釈でした。事実は変えられませんが、解釈は自分のものです。
CONSULTING
判断の材料を、揃える
決めても、それが良かったのかを確かめる相手がいない。だから経験が次に積み上がらない。
決めて、動いて、結果を確かめる。この一周を6ヶ月かけて一緒に回します。
鑑定を受けた方が対象です。事前の面談は行っていません。鑑定日から1ヶ月以内のお申し込みで、鑑定料 ¥20,000 を差し引きます。
まず霊視鑑定から
