鑑定をしていて、いちばん多く聞かれる言葉があります。
「どうしたらいいですか」 「先生ならどうしますか」
真剣に悩んでこられた方ほど、この言葉が出てきます。
今日は、この質問の奥で何が起きているのかと、そこから抜けていく仕組みについて書きます。
私が必ず、聞き返していること
この質問をいただいたとき、私は答えを返しません。先に、こう聞き返します。
「あなたは、どうしたいですか」
意地悪で聞いているわけではありません。ここを飛ばして私が答えを出してしまうと、その方の人生の判断を、私が引き受けることになるからです。
聞き返すと、多くの方は戸惑います。次第に黙ります。そして、しばらくしてから話し始める。その内容は、たいてい既にご自分の中にあったものです。
この黙る時間(考える時間)が、私は大事だと思っています。答えを持っていないから黙るのではありません。持っているけれど、口に出していいものか分からなくて黙るのです。誰かに否定されるかもしれない。現実的ではないと言われるかもしれない。そう思って、自分の中に置いたままにしている。
そのうえで、私が今感じ取っていることをお伝えします。順番が逆になってはいけません。先に私の見立てを出してしまうと、その方の答えは私の言葉に上書きされてしまうからです。
決められないのは、性格ではありません
自分で決められない方を見ていて思うのは、優柔不断とは違うということです。
起きているのは、もっと単純なことです。自分の判断を、信じきれていない。
だから、外側に確認を取りに行きます。この判断で合っているのか。誰かに保証してほしい。その気持ちは、私にもよく分かります。
このとき求めているものは、だいたい三つに分かれます。
- 安心したい
- 判断材料がほしい
- 責任を分け合いたい
誰かに聞くこと自体は、悪いことではありません。知らないことを人に聞くのは当たり前です。問題はそこではなく、聞いた答えを、そのまま自分の答えとして採用してしまうことにあります。
情報を聞くことと、判断を預けることは、まったく別のものです。前者は材料が増えるだけですが、後者は自分の代わりに誰かが決めている状態になる。同じ「人に相談する」という言葉の中に、この二つが混ざっています。
それを続けていくと、判断の基準が少しずつ外側に移っていきます。自分軸ではなく、他人軸で生きることになる。
そして他人軸の厄介なところは、うまくいかなかったときに、納得ができないという点です。自分で選んでいないので、引き受けようがない。人のせいにする気持ちが出てきてしまう。これは性格の問題ではなく、そうなる仕組みになっているというだけの話です。
私は、石橋を叩いて割っていました
こう書くと、私が最初から自分で決められる人間だったように聞こえるかもしれません。まったく逆です。
私は、自分の選択が正しいのか不安になることが本当に多い人間でした。だから徹底的に調べます。慎重に慎重を重ねる。石橋を叩きすぎて、割ってしまうくらいでした。
その結果どうなったかというと、まったく動きませんでした。
調べれば調べるほど、リスクが見えてきます。見えたリスクを潰そうとして、また調べる。そうやって時間だけが過ぎていく。手元に残ったのは、動きが遅いという欠点だけでした。
知識はあるのに、自信がない。今思えば、かなり変な状態です。
学ぶことと、動くこと
誤解のないように書いておきますが、私は学ばずに突き進むのが正しいとは思っていません。何も知らないまま動けば、当然うまくいかない場面が増えます。
かといって、学びに力を入れすぎて動かないのも違います。私がそうでした。
結局のところ、どちらか一方ではなくバランスの話です。ただ、そのうえで一つだけはっきり言えることがあります。
知識は、自信になります。
ちゃんと学んでいれば、その分だけ自分が楽になる。ここで言う楽とは、簡単という意味だけではありません。楽しめるようになるという意味です。
分からないまま進むと、常に不安が付いてきます。分かった状態で進むと、同じことをしていても、面白がる余裕が生まれる。同じ道でも、通り方が変わります。
そして知識が自信に変わるのは、判断の理由を自分で説明できるようになるからです。なんとなく選んだことは、後から揺らぎます。人に何か言われるたびに気持ちが動く。けれど理由のある選択は、揺らぎ方が違います。うまくいかなかったときでも、どこが違っていたのかを自分で見つけられる。次に活かせる形で残ります。
たいていのことは、思っているより小さい
そしてもう一つ、石橋を叩きすぎていた側から言えることがあります。
自分で、課題を必要以上に大きくしています。
動けなくなっているとき、目の前の問題は実際のサイズより大きく見えています。難しく考えて、複雑にして、手を出せない形にしてしまう。
でも、実際にやってみると、たいていはこう思います。
「こんなものか」
拍子抜けするくらい、あっさり終わることが多い。私自身、そういう経験を何度もしてきました。動く前に見ていた壁と、動いてから見た壁は、まったく高さが違います。
そういう意味でも、学んだ分だけ物事は容易になります。知識が増えると、課題を正しいサイズで見られるようになるからです。大きく見えていたのは、知らなかったからです。
根拠を持って、選べるようになる
私が鑑定を通して提供したいのは、答えそのものではありません。
その方が、自分で選んで、自分で進んでいける状態です。
なんとなくで選ぶのではなく、ちゃんと根拠を持って選べるようになること。それが私の考えるゴールです。
そのために、私は現在地をお伝えします。
今どこで流れが滞っているのか、何が噛み合っていないのか。材料は出しますが、決めるのはご本人です。
材料が揃えば、人は自分で決められるようになります。決められないのは、材料が足りていないか、自分の判断を信じる練習をしていないか、そのどちらかであることがほとんどです。
もし今、誰かに「どうしたらいいですか」と聞きたくなっているなら、その前に一度だけ、自分に聞いてみてください。
私は、どうしたいのか。
そこに何か出てきたなら、それがあなたの答えです。あとは、根拠を足していけばいい。
もし今、判断そのものが難しいのであれば、単発の鑑定だけでなく、継続的に判断の軸を一緒に作っていく形もあります。

