人が離れていく人には共通点がある|受け取れない人の仕組み

「ありがとう」を言えていますか。

そう聞かれて、言えていないと答える人はほとんどいません。私自身も、聞かれれば言えていると答えると思います。

けれど鑑定をしていると、人が離れていくと悩む方の話の中では、「受け取れていない状態」が何度も出てきます。感謝ができていない。本人に悪気はなく、むしろ真面目で責任感の強い方ほど、この状態に入ります。

今日は、感謝が消えていく仕組みと、それが信用にどう繋がっていくのかをお話しします。

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感謝は、視野の広さを測る目盛りです

感謝を気持ちの問題として扱うと、話がそこで止まります。優しい人は感謝できて、冷たい人はできない。そういう整理になってしまう。

けれど私は、感謝は視野の広さを測る目盛りだと考えています。

目の前に届いたものが、どこから来たのか。誰の時間を通ってきたのか。それが視えているかどうかです。
視えていれば、言葉は自然に出ます。視えていなければ、出しようがない。

つまり感謝が出てこない状態は、性格ではなく、見えている範囲の問題です。

差し出されているのに、気づかれていないもの

オンラインで何かを買ったとき、小さなおまけや手書きの一筆が入っていることがあります。個人のネットショップやフリマアプリを利用したときに多いかもしれません。

それは商品代金に含まれていません。やらなくてもいいことです。やらなくてもいいことをする人は、その分だけ考える時間を使っています。誰に届くのかを想像して、選んで、包んでいる。届いたのは小さなモノですが、通ってきたのは誰かの時間です。

「買ったんだから当たり前」で処理してしまうと、モノは受け取れても、時間のほうは受け取れていません。これを繰り返すうちに、人の気持ちを受け取れない状態が固定していきます。相手は見返りが欲しくて添えたわけではない。だからこそ、気持ちを受け取れなかったことは相手にしか分かりません。

そして、当たり前になっていく過程には、はっきりした境目がありません。一度目は嬉しい。二度目も嬉しい。三度目あたりから、あるものとして数えるようになる。五度目には、なかったときにだけ気づくようになる。

ここまで来ると、感謝の対象が消えたのではなく、感謝の基準そのものが移動しています。以前は上乗せだったものが、いつのまにか土台になっている。自分が今どこにいるかは、自分では測れません。だから多くの方が、自覚のないままこの位置に立っています。

「ありがとう」を言えていると思っている方で、連絡できる環境でありながら、連絡をしていないことはありませんか?

候補日を挙げるという行動が、何を差し出しているか

もっと分かりやすいのが、予定です。誰かが日程の候補を三つ挙げたとき、その三つの時間は空けられています。他の予定を入れずに、確保されている。候補を挙げるという行動は、その時点で自分の時間を差し出すことです。

だから返事がないまま流れると、その時間を無駄に拘束していることになります。ドタキャンや返信のない状態が信用を削るのは、約束を破ったからというより、見えない部分を扱わなかったからです。

もちろん、連絡が入った時点で優先的に予定を埋める方もいるので、一概には言えません。ただ私自身は、相手に候補日を提示したら、その時間はその方の時間として確保するようにしています。

そのうえで気づくのが、連絡をしない人には共通点があるということです。自分に用があるときは即座に反応し、それ以外は動かない。思い当たる人がいませんか。このアンバランスな対応は、相手側からははっきり見えています。結果として、都合のいい人、自己中な人と受け取られやすくなるので、注意が必要です。

霊視で視えた、受け取り口が閉じている状態

人が離れていくと悩む方の相談に乗ったときの話です。

霊視をすると、その人の周りに人はちゃんと近くにいる。手を伸ばしている人もいる。なのに、その方の胸のあたりに薄い膜のようなものがあって、差し出されたものが全部そこで止まっていました。届いていないのではなく、届いているのに中へ入っていかない。

これが意味するのは、拒絶。
無意識の防衛です。

本人は「誰も助けてくれない」と感じておられました。実際には、受け取り口のほうが閉じていたんです。そして閉じている本人には、閉じている感覚がありません。ここが、この状態のいちばん厄介なところです。

膜そのものは、悪いものではありません。むしろ守るために張られたものです。過去にどこかで傷ついて、これ以上入ってこないようにと自分で作った。ところがその膜は、痛みだけを選んで止めてはくれません。差し出されたもの全てを、同じように止めてしまう。守るために閉じたものが、いつのまにか受け取るための口まで塞いでいる。

私が視てきた中で、このような形はかなりの頻度で出てきます。

こうして受け取られない相手から、人は静かに離れていきます。怒鳴ったり、責めたりはしません。ただ連絡の間隔が空き、誘わなくなり、期待しなくなる。攻撃ではなく、関心をなくすだけです。だから離れられた側は気づけません。

そうして当の本人は、気づかないままこう認識します。「あの人とは合わなくなった、自分から距離を置いた」と。

順序が反転しているんです。先に距離を取ったのは相手のほうで、こちらはその結果を、後から自分の判断として理解し直している。人が離れていくと感じるとき、この反転が起きていないかを一度疑ってみる価値はあります。

離れる前に、たいてい一度は言われている

静かに離れていくと書きましたが、その手前には前段があります。離れる前に、たいてい一度だけ、誰かが口にしています。

言いにくいことを言う人は、その時点で損をしています。角が立つと分かっている。関係が気まずくなる可能性も分かっている。それでも言うのは、まだその関係を続ける前提に立っているからです。本当にどうでもいい相手には、人は何も言いません。黙って距離を取るほうが、はるかに簡単だからです。伝えようとするのはそれだけ時間を使っています。精神的にも時間も含めて多くのエネルギーを使っているんです。

ビジネスだとしたら尚更です。言わなければ関係は続くわけですから、売り上げを下げるリスクだってあるわけです。それだったら言わない方が当然都合がいい。それでも私は、都合が悪くなる言葉もはっきりと伝えます。それは、その方に気づいて欲しいからでしかありません。

だから指摘は、離れていく合図ではありません。まだ離れていない証拠のほうです。

とはいえ、言われた側にとっては痛い。それは当然です。そこで多くの場合、二つのうちどちらかが起きます。

指摘の中身を見るか、指摘してきた相手の態度を見るか。

後者に行くと、話は「何を言われたか」から「どう言われたか」に移ります。言い方が冷たかった、あんな言い方をしなくてもいいのに。そこに焦点が合った時点で、中身は処理されないまま流れていきます。一言で言えば、拗ねるという状態です。

拗ねるというのは、感情の問題に見えて、実際には論点が移動している状態です。しかも本人には、移動させた自覚がありません。傷ついたことは本当なので、そちらが全部を占めてしまう。そして指摘の多くは、線引きについて起きます。どこまでが自分の領分で、どこからが相手の領分なのか。そこが曖昧なままだと、悪気がなくても相手の領分にはみ出し続けることになります。

それでも変わらないという選択

誤解のないように書いておきますが、私は指摘を全部受け入れるべきだとは思っていません。筋の通らない指摘もあります。相手の機嫌をぶつけられただけのこともある。それは受け取らなくていい。

見るべきなのは一点だけです。その人は、それを言うことで何を得ているのか。何も得ていないなら、それは言わなくてもよかったことを、あなたのために言っています。

そのうえで、変わらないという判断もあっていいと私は思っています。今のままがいいなら、そのままでいい。ただ、その場合に起きることまで含めて、自分のものになります。指摘した人は、次はもう言いません。二度目はないんです。そして、黙って離れていく側に回ります。

受け取るというのは、心地よいものだけを選んで受け取ることではありません。おまけも、空けられた時間も、耳の痛い言葉も、全部同じ入口から入ってきます。片方だけ開けておくことは、仕組みの上でできないんです。

見えないものを、一日ひとつ数える

ここまで読むと、感謝できない人は悪い人のように聞こえるかもしれません。私はそう思っていません。

感謝が消える直前に、必ず起きていることがあります。視野が狭くなることです。不安が強いとき、人は自分の内側だけを見ます。自分がどうなるか、自分がどう思われるか。頭の容量がそこで埋まってしまう。そうなると、相手が使った時間や手間は、単純に視界から消えます。悪意ではなく、処理されていないだけです。

先ほどの膜の話に戻ると、閉じているのは受け取り口だけではありません。視野そのものが狭まっているとき、人は差し出されているものの存在にすら気づけなくなります。膜を開けるより先に、視界を広げること。実はそこから始まっています。

やることは一つで足ります。今日自分に届いたものの中から、値段のついていない部分を一つ探す。

受け取ったモノの裏に、誰かが使った時間はなかったか。自分のために空けられていた時間はなかったか。言わなくてもよかったのに、言ってくれた言葉はなかったか。

見つけたら、その場で言葉にする。長い文章はいりません。

これは礼儀を守るための練習ではなく、視野を戻すための練習です。見えないものが視えるようになると、感謝は努力しなくても出てきます。そして不思議なことに、その頃には人は離れなくなっています。

離れていったのではなく、受け取れるようになった。それだけの違いです。

自分の感覚を、否定しなくていい

誰にも言えなかった違和感や、ずっと抱えてきた孤独。
あなたの感覚を取り戻し、納得して次を選べる状態へ整えます。

雨龍 光のアバター 雨龍 光 霊視鑑定師

霊視・東洋占術 鑑定師|鑑定歴8年・累計400件以上。霊視を軸に、東洋占術とデザインの視点を重ね、人生と日々の営みを本質から整えるサポートを行っています。未来を当てることが目的ではありません。今、どこで流れが滞り、どこでズレが生じているのか。その現在地を正確に捉え、次の判断ができる状態へ整えます。

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