スピリチュアルへの違和感|それでも私が見えない世界を語る理由

Instagramやブログで発信ジャンルを選ぶとき、私は便宜上「スピリチュアル」というカテゴリを使うことがあります。

目に見えないエネルギーや、霊的な現象を扱う仕事ですから、広い意味では間違いではない。でも正直に言えば、私はこのカタカナの「スピリチュアル」という言葉に、ずっとわずかな違和感を抱いてきました。

その言葉の響きに漂う、どこかフワフワとした「ファンタジー」の印象。雲の上にある話、現実からの逃げ道、あるいは魔法のような、何かそういうイメージが、どうしても付きまとう。

私が扱っているのは、そういうものではない。

今回は、その違和感の正体と、私が「見えない世界」を語り続ける理由について書きます。

目次

職場の同僚の右足首に、モヤが見えた

私が視えたものを、私自身が「妄想ではない」と確信できたときの話をします。

占い師として活動を始める前のことです。当時の職場に、一人の同僚がいました。ある日、その方の右足首のあたりに、うっすらとしたモヤのようなものが見えた。

気になって、さりげなく聞いてみました。

「最近、右足首、ぶつけました?」

返ってきた言葉は、「なんでわかったの?」でした。

朝、家でぶつけて、なんか痛いんだよね、と。腫れているわけでも、見た目に変化があるわけでもないから、他の人にはわからないはずだと、その方は言っていました。

私は咄嗟に誤魔化しました。「さっき歩いてるときに、なんか足に違和感感じて」と。

そのときに、やっぱり視えているものには意味があるんだと、確信になりました。

肉眼では見えない。触れてもいない。腫れてもいない。それでも、エネルギーの変化として「そこに何かある」という情報は、確かに視えた。電気や重力が目に見えなくても実在するのと同じように、この世界には、目に見えないけれど法則性を持って動いているものがあります。あの瞬間から、私にとってそれは「信じること」ではなく「確認済みの事実」になりました。

チャクラは「スピリチュアル用語」ではなく、体系の名前だ

「チャクラ」や「オーラ」という言葉は、現代では何となくスピリチュアル系の言葉として扱われています。でも本来の出自は違います。

チャクラのルーツは古代インドのヨーガ哲学・アーユルヴェーダにあります。何千年も前から、人々が「目に見えないエネルギー」を論理的に解明しようとして積み上げてきた体系です。同じ現象を、中国では「気」「経絡」「丹田」として概念化し、日本では「丹田」「氣」として身体知に落とし込んできた。

  • インド → チャクラ・プラーナ(気)
  • 中国  → 気・経絡・丹田
  • 日本  → 丹田・氣

文化も言語も違う。でも、指し示している現象の意味は重なっている。

これは偶然の一致ではなく、異なる文化が独立して同じ現象を観察し、それぞれの言語で記述してきた結果です。複数の体系が同じ現象に対して同じ仕組みを示しているとき、その構造は実在する。これが私の取り入れている考え方です。

だから私がチャクラという言葉を使うとき、それは流行りの言葉を借りているのではありません。数千年かけて積み上げられた「人体エネルギーの解剖図」として、構造として扱っています。

霊性には、土台になる感性がある

エネルギーには、文化を超えた仕組みがあります。その一方で、霊性には「文化の相性」があります。

チャクラやオーラを扱いながらも、私の根っこにあるのは日本人としての霊性です。

神社で手を合わせたときの清々しさ。自然の中に神聖さを感じる感覚など、言語化する前から、体に刻まれているもの。

チャクラという言葉を使いながらも、私の感覚が一番素直に動くのは、やはりこの風土の中です。神道や仏教の概念に触れたとき、説明される前から腑に落ちる感覚がある。それが、私のベースです。

その感性を土台に置いた上で、インド由来のチャクラ体系や西洋のオーラ概念を、構造として読み解いていく。天使や妖精といった西洋的な概念を否定するつもりはないし、チャクラ体系も柔軟に使います。ただ、それらを扱う自分自身の感性の根は、この風土にある。

表面的な言葉だけを拾うのではなく、霊的な観点から物事の構造を捉えていく。その視点が、私の仕事の根幹にあります。

「変われない」のは、現実から目を逸らしているからかもしれない

スピリチュアルが「現実逃避の道具」として使われる場面を、私は何度も見てきました。

セッションでは、何度伝えても、言葉が届かないことがあります。嫌なことだから聞き流す。都合のいい言葉だけを受け取り、都合の悪い情報は耳に入らない。

もどかしさを感じながらも、どこかで静かに納得もしています。受け取るかどうかを決めるのは、お客様自身だから。

私が提供できるのはアドバイスです。その主体性は尊重します。でも、現実から目を背けたまま、エネルギーを整えることだけを繰り返しても、現実は変わりません。

霊視で視えたことを伝えることは、相手に「現実を見るための視点」を渡すことです。魔法をかけることでも、都合のいい未来を保証することでもない。

私が伝えたいのは、「現実を、より力強く生きるためのスピリチュアル」です。

道具として扱うのではありません。

「幻想」を売るつもりは、一切ない

私はこれからも「チャクラ」「オーラ」という言葉を使いますし、便宜上「スピリチュアル」というタグも使うでしょう。でも、私が発信しているのはキラキラした魔法ではありません。

体験と検証に基づいた、エネルギーの論理です。

「不思議な話は苦手だけど、理屈が通っているなら聞いてみたい」 「地に足のついた言葉が欲しい」

そう感じる方と、ご縁が繋がれば嬉しく思います。

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霊視・東洋占術 鑑定師|鑑定歴8年・累計400件以上。霊視を軸に、東洋占術とデザインの視点を重ね、人生と日々の営みを本質から整えるサポートを行っています。未来を当てることが目的ではありません。今、どこで流れが滞り、どこでズレが生じているのか。その現在地を正確に捉え、次の判断ができる状態へ整えます。

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